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ザオ陸

20110111Tue

[]手段のドット絵、目的のドット絵

ドット絵のアンチエイリアス技法について - Togetter

辺りから連想。


ファミコン・スーパーファミコン(また、それ以前)などの環境では、表示できる色数やピクセル数に制約が多かったわけだけれど、その状況でいかにかっこよく・かわいくとか綺麗に表現するか苦心した結果、発達した技法が「ドット絵」なわけで、自由に色が使えるようなリッチな環境で、あえてやる「ドット絵」というのは手段と目的とで異なるなー、と思う。


ケータイとか、端末によってはまだ制約の多い環境もあるだろうけれども、Webとかで言えばそんなにシビアな状況は無い。まー、Yahoo!Japanとかのレベルになるとバイト単位で画像のスリム化をはかったりするそうだけれど

no title

通信環境・端末の性能向上で大抵の状況ならそこまでシビアではないし。


……となると、制限がないところで自ら選択してあえて「ドット絵」をやるわけで。それだとどういう感じのルールを設定するかは、それぞれ自由だよなー。なので、あんまり「ドット絵とはこうあるべき」というのは考えていない。私自身は。冒頭でも書いたけれど、当時の制約も絵を描く人が自らつけたわけじゃなくて、そういう環境だったわけで。色数とかピクセル数とかね。


リンク先の主な議論・外側にアンチエイリアスをつけるかどうか……については、うーん、状況による、という無難な回答になるかしら。中間色が置けるわけでそれだけ表現の幅が出せるけれども、背景が変わる環境ではあんまり有効でないデメリットが。ただ背景固定の1枚絵なら気にせず使えるので、別にいいんじゃない、という。

私自身で言うと、小さいサイズのものを作ることが多いのと、メリハリがきっちりしたものが好きなのでそもそも色数をそんなに使わない。アンチエイリアス自体あんまりやってない。


ただアンチエイリアスを何となくでしかやってないし、苦手意識もあるのでちょっとずつ練習していきたいなー。外側にアンチエイリアスかけるのもね。

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