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ザオ陸

20071015Mon

初音ミクの魅力を2分でまとめた映像を作ってテレビ局に売りこむのはどうだろう?

と、ふと思った。


2分間っていうのは、アッコにおまかせ!で使われてた VTR が大体そんなものなので、ま、とりあえずの目安。

何にしても、「初音ミク」がいかに自然に歌を奏でられるのか、というのをアピールするためには曲を聴かせる必要があるので、それだけで少なくとも十数秒は浪費する。……でもって、そもそも「初音ミク」とはなんなのか?開発元はどういうところで……というところから説明が必要。テレビを見ている人が「何それファミコンの新しいソフトなの?」「またはアニメ?」「伊達杏子の二番煎じみたいなもの?」みたいな勘違いをされると困るから、パソコンで使うソフトっていうのも明示しないとダメで、つまり自分たちのお母さんに見せても分かってもらえるくらいの、レベルじゃないと使えないだろう。

そして尚且つ重要なのは、面白いということだろうし。


っていう辺りを考えた結果、今回 TBS は『DTMのソフトウェアとしての人間の声を使ったヴァーチャルヴォーカリストのソフトである「初音ミク」はうんぬん……』という説明をせずに、安易な見た目という部分を取り上げたのだろう。それだと「歌」と違って、視覚情報なので1つ1つのカットが短く済むし、2分という制約に収めやすい。

そうじゃない VOCALOID2 の特徴を表現するなら、既存の曲を歌わせるのがベストなんだろうけれども、そちらの案は(どういう理由かはさておき)ボツになったわけで。そこら辺をクリアした初心者向けの素材があればいいのだろうなぁ。


[私自身は][映像編集とかはできない][ので][言いっぱなし][他力本願]


はてなスターは断片化を加速させる装置……ではない

から連想してダラダラと。


タイトルが日記名よりも前に来たことよりもずっと前から、もう書き手とエントリーの関係の断片化は始まっていて、はてなブックマークのようなソーシャルブックマーク、や個人ニュースサイトでは「誰が書いたか」ではなく、「何が書かれているか」が重要視されているわけです。


例えば、自分のエントリーを例に挙げますと

をブックマークしたり、ニュースサイト経由で来た人にとっては、初音ミクのドット絵が重要であって、そのエントリーを書いた私が新潟県在住で右耳が生まれつきほとんど聞こえない……、といった情報は求められてはいないわけです。

そうした、誰が書いたかはどうでもいいけど簡潔で便利な役立つエントリー、……というものが特にソーシャルブックマークで重宝されるわけで、この流れは今後も変わらずに続いていくでしょう。


はてなスターを使って、より細かく

で、

f:id:rikuo:20070808213728g:image

そこに出てきたのが、はてなスター。こちらは、はてなブックマークと違い、タグで分類できたりなどはできませんが、エントリー単位で気軽にポチポチ押せるツールです。

そして、はてなダイアリーのエントリーだけでなく、はてなブックマークのコメント、人力検索の回答毎など、またこれは Firefox になりますが、はてな以外のブログでも星を押せる個所が次々に増えていっているわけで、こうした傾向から、「書き手」と「エントリー(やコメント等)」がより別個のものとして評価されることになります。

さらに引用機能が追加された結果、「エントリー」よりもさらに細分化した「フレーズ」での評価づけへ、と断片がより小さい単位に砕かれていくわけです。


これだけを見れば、はてなスターを断片化をより加速させる……ように見えますが、それは違います。


はてなスターは断片を人につなげる

スターの管理画面を見ると、Friends の欄がありますが、

具体的に言えば、b:id:rikuo に☆をつけても、d:id:rikuo に☆をつけても、f:id:rikuo に☆をつけても、g:rikuo:id:rikuo に☆をつけても、結局 id:rikuo に集約されるわけです。

そうしたそれぞれの媒体での、それぞれの表現を、断片的に評価したものを、星を通じて1人のユーザーにつなげるのがはてなスターなんじゃないか、きっと開発者がそういう風に設計したんじゃないかなー、と。

つまりはてなスターは、世界の断片化の流れに逆らうツールになるのではないか、と考えています。

f:id:hatenacinnamon:20071008065955j:image:w550

(はてなスター開発者?のしなもん


断片としてのTwitter

「断片化」という言葉は便利というか、ちょっと色々な意味を含んでいるので多用は避けたいけれど

個人的に、いわゆる断片化が進んでいると感じているのが、Twitter。使い方はそれぞれなんだけれど、いつでもどんなことも書きこむ、っていう感じで生活を投影するように利用している人もいて、なんというか、そこまで自分の情報を垂れ流してて大丈夫なのか?と思うほど。

しょこたんのブログを見て、ブログ更新の勢いに心配になるような感じというか。


そんなに思ったことを、すぐにネットに投げ込んでしまっていいのだろうか、と考えてしまう*1



一方で、それぞれの投稿に Permalink があるので、やじうまWatchで@jazzanovaさんの発言が取り上げられた ように、リンクされることもあるわけで。ここで怖いのが前後の文脈が切り取られていることと、Permalink のページには発言とそのユーザーのアイコンくらいしかないこと。

その発言をした人がどういう背景を持っているのか、とかいう事情も全然見えないあたりが不安に感じたりする。


そこら辺の感じ方、捉え方っていうのは、利用者によっても違うんだろうけれど、そこらが何となく慣れない部分かな。なので、個人的な実験として、

みたいなことをやって、1つの発言ではなく、連続での投稿で面白味が出せるかな、という試みをやってみたり。結果としては、どうだろ……。あんまり思うようにいかなかった、というか。個人としてネタを提供するということの手応えがなかったかな。

一応は、こうして検索で見れるものの基本的には、Followers の中でしかないわけで。

それよりかは、ダジャレの連鎖や、夕食の話題、結構前になるけれど、アイコンに鼻血を出すとかっていう、自然発生的な輪の広がりというか、参加型の流行というのが、楽しまれている印象。そういった傾向も、「断片化」という言葉を持ち出すと、鼻血がどういう経緯でなったのか、とかはさておき皆やってるからアイコンを描き変えた、とかいう感じの「意味」を切り離された結果、とも言える。


そこら辺のところには、面白さを感じるもののどうも未だに戸惑いがあるので、なんか慣れない感じ。……うーん、なんか書いてて、まとまらないな、もうちょっと自分の中で整理してから、再度書いてみるか。

*1:これは、私自身がエントリーを書く場合に、いくつかストックしておいて2.3日おいてから書くことが多いので、そう感じるだけかも。

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