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ザオ陸

20061202Sat

[]当事者ってどこまでが当事者

断片部 - floating between - お返事---ブクマコメに対する責任について

丁寧なご返答ありがとうございます。

自分は違う考えを持っていて、おそらく読者自身が持っている気構え方、重み付けを読むときに適用するのではないかなと思います。だから、「同じような発言」に映るかどうかは疑問です。断片部 - floating between - お返事---ブクマコメに対する責任について
各自で発言の場への重み付けというのは違ってくると思います。そして、それは責任に対する意識も同様でしょう。*1
(※脚注)
*1:ただ、蛇足ですが、はてブコメントについてはある一定のコンセンサスは得られているように思います。スルー力というのはなんですが、掃き捨てられるはてブコメントについては何度となく話題になっているし、それが注目を集めることが多いので。断片部 - floating between - お返事---ブクマコメに対する責任について

この点はその通りで、はてなブックマークを初めて目にする方ならともかく、日頃ブックマークを利用している方であれば、ある程度コメントの傾向は把握しているでしょうから、読む側としてもそれほど深刻に受け止めないことも多いですね。

もちろん、だからと言って軽んじられるものでもないですが、過剰に責任を意識するものでもない、とは思います。


ただ、実は

ただむしろ論点にしたかったのは、別のことだったように思います。断片部 - floating between - お返事---ブクマコメに対する責任について

その論点については、意図的に外しました。


というのも、自分としてはまだ判断がつかない部分でしたので。

最終的には、当事者間のみで決まるものじゃないか、と自分は思っています。断片部 - floating between - お返事---ブクマコメに対する責任について
責任の取り方は人それぞれでしょう。もちろん、一般的な責任のとり方というのはあるでしょうが、それは当事者でない人からの評価に影響するだけで、究極的には当事者間で規定されるものだと思います。だから、
書き込んだ内容については書いた人と書かれた人両者の問題であって、周りがあーだこーだいう問題ではないと思う
と書いたのでした。断片部 - floating between - お返事---ブクマコメに対する責任について

責任については、最終的に当事者間で決める問題である、という考え方には私も同意なのですが、周りにもあーだこーだをいう問題ではないか?とも考えています。


喩え話になりますが、道路でカップルが言い争いをしていたとします。

この場合、諍いの最終的な決着についてはその当事者であるカップルが決める問題、ではあります。ただ、家で言い争うならば自由にしてもらって結構ですが、往来の真ん中で騒いでいては迷惑で、そのことは周囲の人間にとっての問題でもあります。

これは、その道路を利用する人間にとって「当事者」となるのではないか?と*1


ただ そうは言っても、じゃあ、はてなブックマークコメントが、この比喩で言うところの「道路」に当たるか?と問われれば私自身も「違う」という認識なのですが、ある面では近い部分があるんじゃないかなと思うんですよね。



うーんと、ちょっと説明が長くなりますし、えーと、漠然としたイメージと印象で書いているんで、穴だらけの認識なんで、スミマセンが我慢して聞いて下さい。


あらかじめ断ると結論もぐだぐだです。



ここではブックマークコメント欄の話の前に

というコミュニケーションを考えてみたいと思います。


メール

ネットでのコミュニケーションを考えたときに、直接的な対話というとメールが挙げられます。

単純な1対1のコミュニケーションですから、他の誰も登場したりはしません。ここで仮に何かのいざこざや論争になったとしても、当事者間で解決する問題ですね。

他に1対1のコミュニケーションとしては、Web拍手などや、メールフォームを使ったもの、1対1の Skypeメッセンジャーなどもこの図式になります。


ブログコメント欄

これはブログ管理人と、コメントをする閲覧者との図式となります。

コメントをする側は多人数と、相対する管理人は1人*2ですが、主体となるのは管理人の方ですね。話題も自然エントリーの内容や管理人についてのものになるでしょう。

コメント管理人と議論、または、

コメント欄で書き込んだ者同士の議論になる場合もありますが、この際には管理人の裁量で決着を図ることになります。ここでは管理人コメントなどを削除する権限がありますから、この場を治める役となります。

この場合、当事者管理人とそのコメント主、またはコメント欄で議論となっている相手ですね。


ブログで言及する

これはリンクトラックバックなどを使っているのを想定しています。ちなみに、紫の人たちはサイレントマジョリティです。色が単一なのは他意がある訳でなく、色を変えるのが面倒だったので。

こちらの場合は議論となっているのは、それぞれのブログ管理人です。

議論によっては他のブログも加わることもあるでしょう。

このときに、そもそもの当事者である2人からして見れば、新たな登場人物なわけですが、この場合はどうでしょうか?

ケースによって様々ですが、

「部外者はすっこんでろ!」「関係ねぇーだろ!」

ということもあれば、そのまま当事者として加わることもありますね。

そして、当事者たちがそれぞれ議論していくわけです。



ブックマークコメント

ではブックマークコメントはどうでしょうか?

エントリーブログを書いた管理者が1人、相対するのがブックマークユーザー多人数という構図はブログコメント欄と一緒ですが、ブログコメント欄と違い、ブログ管理人からはブックマークコメント削除するといったことは出来ません。


また、例えばの話ですが、ブックマークコメント欄ユーザー同士が言い争いになったからと言って、被ブックマークされたブログ管理人裁定を求めることもないですね。

そんなユーザー間の諍いはブログ管理人にとって関係のないものです。


ここでは、ブックマークコメントは元ブログの関連があるように見えますが、実際は別のコンテンツです。

はてなダイアリーを利用していると、はてなブックマークは近しい存在ではありますが、例えば他のソーシャルブックマークサービスで話を置き換えてみた場合

分かりやすいでしょう。

自らが用意した場ではなく、ブックマークユーザーが自由にコメントをつけているわけですから、管理する義務はありませんし、それをコントロールする事はできません。



ブックマークコメントはある面では、ブログコメント欄に近いように見えますし、そのコメントブログ管理人に向けられたものでもありますが、またある面ではブックマークユーザーの個人的なメモ、として使われていることもあります。


ただ、どちらにせよ誰でも見れる場所であることには変わりません。

その点はブログ同士の議論に近いとも、言えるのではないでしょうか。



そこで、先ほどの喩え話ですが

ここでの、

  • 「家」で言い争いをする場合を「パーソナル」な空間でのこと
  • 「道」で言い争いをする場合を「パブリック」な空間でのこと

と仮に定義した場合

こうした軸でコミュニケーションの違いがあるんじゃないかな?と私は思っていたりします。

つまりは、周囲により当事者として意識されるコミュニケーションなんじゃないかなと。ブックマークコメントの位置付けは赤い丸の辺りですね。



ですが、ブックマークの使われ方は様々ですし、まだ歴史の浅いツールではあります。

私の認識としても、これで断言しているというわけではなく「こうなんじゃないかなー」「でも違うかもなー」というくらいの浅い考えで、明確な線引きをしているわけじゃないです。それぞれケースによっても違うでしょう、「外野は関係ないだろ!」という議論も多々あります。


なので、「最終的には当事者の問題」はその通りでそれは同意ですが、「当事者」ってどこまで?誰まで?「当事者」と言っても広くも考えられるんじゃないかなー、でも違うケースもあるなよー、まだ自分でも整理できてないなー、という非常に曖昧結論でした。


[なんかスミマセン][50%クオリティ]



追記

ちなみに、↑上で使っている画像は毎度のことですが、自由に使ってもOKです。キャプションなんかを入れなかったのは、そのため。


[ご自由にお使いください。]


*1:もちろん「スルー力」を発揮させてスルーした方が、問題を無駄に複雑にせずに済むのですが。

*2コメントを書くのはグループ集団ではなく、1人1人別個ですから、部分で見ると1対1のコミュニケーションとも見れます。

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